Skip to content
Go back

【未来日記】20XX年X月:自由という名の甘い猛毒

自由という名の甘い猛毒

平日の午前10時。カフェの窓際の席。ここはかつて、サボりの営業マンか、時間を持て余した年寄りだけの特等席だった。

しかし今、窓の外を歩く人々の流れは奇妙だ。ベーシックインカム(BI)の開始から数ヶ月。世界は「働かなくていい」という切符を手に入れたはずなのに、駅へ吸い込まれていくスーツの群れは、まだ全体の7割も残っている。

「なぜ、まだ檻に戻るんだ?」

私は冷めたコーヒーを啜りながら、ガラス越しに彼らを観察する。彼らの足取りは重く、目は死んでいる。それでも彼らは、誰に強制されるでもなく、自らの意思で満員電車という名の護送車に乗り込んでいく。習慣という名の引力。あるいは、「何者でもない自分」と向き合うことへの恐怖。

私のような「組織不適合者」にとって、この世界はようやく息ができる場所になった。だが、彼らにとってこの「自由」は、劇薬すぎるのかもしれない。

砂糖でコーティングされた猛毒。私は先にその毒を飲み干した。全身に回るその甘い痺れ――誰の足跡もついていない雪原を、たった一人で踏み荒らすような快感――を感じながら、私は今日もPCを開く。誰の命令もない。誰の評価もない。あるのは、死ぬまで続く「自分」というコンテンツとの対話だけだ。

スポンサーリンク


Share this post on:

Previous Post
【IF】2025年12月:採用という「伏線」の回収。歓喜のあとに待っていた、未完の自分との対峙
Next Post
【未来日記】20XX年10月:朱肉が乾く音と、紙の城の落城